この作品を「バタフライスピンRPG」同卓者
並びに作者 イサエギン氏に感謝を込めて捧げる
1926年 末期
カリフォルニア オークランド
第一次世界大戦が終戦を迎えおおよそ10年に近い月日が経った。アメリカ国内は戦争の陰りを忘れるかのように、高まる経済需要と花開く文化の勃興の熱狂に酔いしれていた。
しかし、そうした国民の熱に水を差すかのように禁酒法は制定された。酒に対する人々の憧れと執念は日に日に増し、各地で密造酒造りが行われていた。中にはそうした自作の酒をブドウのジュースと偽り提供する店もあるほどであった。
昼間からカウンターで1杯のグラスを傾ける男がいる。店内の客はまばらで、彼らは互いが何を注文しているのか気にしてはいなかった。カウンターに座る男が酒を飲んでいることを誰も咎めはしなかった。
「おっさん、金はあるのかい」
店主が問う。深い皺が刻まれた目元を少しだけ細め、男はグラスに視線を落とした。老けたな、と自分の顔を見て思う。まだ若い──20代のあの頃のままのような気さえしていた。しかし、今アルコールの湖面に映る顔は初老を迎え、肌も冬の木の幹のように乾燥してハリが失われている。
「金は……無いな」
ポケットを弄ってもコイン一枚ありそうにない。くしゃくしゃに丸められたメモ用紙が実は1ドル紙幣だったなんてこともありはしなかった。
「じゃあどうする。皿洗いにしたって、アンタみたいなのは雇えんよ」
「酒代の代わりに1つ面白い話を聞かせてやる。それでどうだろうか?」
「面白い話?」
「私は昔、ダイム・ノベルを書いていた」
男は自身をモリスと名乗るとグラスを傾けながら言った。
「様々な話を書いたよ。真実も、嘘も、全て織り交ぜてね」
そして、と。男は小さく頷いて言った。
「終ぞ書くことはなかったが私にとって最も鮮烈に覚えている真実を語ろうじゃないか」
カウンターの奥に飾られていたアメリカ国内の地図を見つけ、男はある1点を指さした。アメリカ西部。今でも記憶に残る、砂と岩に囲まれた土地。
「もう30年も昔……インディゴ・ステートの5人の賞金稼ぎの話だ」
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1896年 6月
ゴールドラッシュの時代も衰退し、西部開拓の時代は終わりを迎えようとしていた。合衆国西部には黄金が眠っているという夢は覚め、人々は次々と砂と岩が広がる荒野から去っていった。時代に取り残されたゴーストタウンが目立ち始め、かつての静けさを取り戻した荒野に未だ残っている者といえば同じく時代に取り残されてしまった賞金稼ぎや悪党くらいなものだった。未だ無秩序な暴力が法として罷り通る西部において彼ら賞金稼ぎは現役であり、獲物を求めて荒野をさすらっていた。
インディゴ・ステートは西部開拓の芳香を色濃く残す土地だった。西部各地に点在した賞金稼ぎや悪党達はこぞってこの土地に集まり、進み行く時代に抗うかのように暴力による略奪と暴力による秩序を敷いていた。同州はかつての輝かしい夢の中で生きる者達の楽園、はたまた掃き溜めとなっていた。
インディゴ・ステート
サンドクロウ 午後2時
メキシコ国境に近いサンドクロウの町は人々の行き交いも盛んだった。この付近で行く宛が無いのならまずこの町を目指すのは、インディゴ・ステートの者たちにとってもはや共通の認識と言っても良いほどの活気を内包した土地だった。流れ着いた者、あるいは最初からこの地に居た者を分け隔てなく受け入れる酒場は昼も夜もなく人の気配が見られ、1歩店内に立ち入れば充満したアルコールとラグタイムのピアノの音が出迎えてくれる。
スイングドアを開き、カウンターにコインと丸めて手にしていた紙を置くとグラス1杯のウイスキーを手に取って男はテーブル席へと移った。誰かを待っているようであったし、しかし周りには誰もいなかった。想像上の誰かを待っているようだった。
店主が男から受け取った紙を眺め、小さく頷くと店の掲示板に貼り付ける。1人の男の顔が描かれ、その下には何桁かの数字が羅列されている。
それは手配書だった。張り出された途端、何人かの男たちが各々の席を立つと野生の草食動物のように群れを成して掲示板を囲んだ。彼らは身なりはバラバラであったが共通してベルトにはホルスターがあり、そこには銃があった。
「少ねえな」
「ダスクサイド?あんな場所、今更行くかよ」
そんな会話が聞こえてくる。
やはり駄目か。悔しさとやるせなさから男はグラスを呷った。次第に人の群れは消え、それぞれが席へと戻り、何人かは店を出ていった。
1人の男が酒場に現れた。何かを呟き、周囲を見渡すと男は自身の背後に誰か居るような振る舞いを見せてから真っ先にテーブル席へと足を運んだ。
「人を探してるそうだな?」
「え……?」
自分が持ってきた手配書は店主に渡した1枚だけのはず。それを見もせず、この男はその内容を知っているかのように振る舞った。
「俺は賞金稼ぎで、アンタは依頼主で……ああいや、良い。人を待とうか」
男は酒を頼むと深く椅子に座り直した。テーブルの端に置かれていたトランプの束を手に取り、適当にめくっては卓上に捨てていく。
「アレックスだ」
若い。その印象を依頼主となる男は抱いた。しかし、どこかこの男の発言には説得力があった。何か目に見えない引力のようなものに裏付けされているかのような信頼感を孕んでいた。若さに似合わない経験があるような風格を備えた奇妙な男だった。
人を待つとアレックスが発した言葉の真意を依頼主は掴めていなかった。他に誰かがこの卓につくという確証があるかのようだった。
「アンタ、賞金稼ぎか?」
その時である。店内の別の席に座っていた男がこちらへとやってきた。
「お前さんはそうじゃないって言うような口ぶりだな」
とアレックス。
「銃は持ってるようだが?」
「俺はウィリアム。ウィリアム・スー。俺も賞金稼ぎになりたい。いや、もうなった……今からなるんだ」
「こんな時代にか」
ウィリアムは頷いた。
「銃の知識ならある」
アレックスはウィリアムの指先を見た。その手は太く、鎚などの工具を扱ってきた男の指先をしていた。
「ガンスミスか?」
ウィリアムは頷く。
「父も祖父も、そのまた祖父も……先祖たちは皆ガンスミスだった」
「その跡取りが賞金稼ぎか」
親不孝だな、とアレックスは付け加える。
「構わない。俺は確かめたいんだ。自分がどこまでやれるのかを」
このインディゴ・ステートで、と。
「組ませてくれ」
「俺の取り分が減るな」
「……欲しいようなら、俺の分は君にあげよう。だから頼む。遅咲きかもしれないが、誰かに噂されるようなガンマンになりたいんだ」
「無謀だぜ」
しかし、アレックスは笑うと椅子を指さした。
「座れよ、相棒」
「いいのか?」
ああ、とアレックスは頷いてグラスを傾けた。
「どうせまだ人は来る。なぁに、急ぐことはないさ。……そうだろう?」
アレックスが問いかけたのはテーブルについた面々ではなく、彼の背後──『こちら側』──にだった。
その時、さらに別の男が彼らのテーブルへと近づいたのを依頼主は見た。
「よぉ、よぉ、あの手配書貼ったのはアンタかい?」
二人よりもさらに若い男だった。彼が動くたびに首から下げたタリスマンが揺れ動いた。
「俺も混ぜてくれよ」
「待った、君は何者なんだ?」
とウィリアムが問う。男はにやりと笑うと腰に下げたホルスターを指さした。
「こいつは俺のホルスター。そして、俺の名前もホルスター。ホルスター・ウォルドロン。元は酒屋で今は賞金稼ぎな身の上ってね」
「ホルスター?」
アレックスが怪訝そうに言う。
「そう。ホルスター。いいじゃないか名前なんてよ。それより……アンタらの話は聞いてたぜ。要は仲間が欲しいんだろ?」
「聞いてた?」
とアレックス。
「耳が良いんだな」
「まあな。それに目も良いんだ」
百発百中さ、と得意げに言うホルスターは椅子に座るとウイスキーをボトルごと注文した。
「俺の奢りだ。まあ、飲もうぜ」
ただの気前の良い若者か、命知らずの半端者か。どちらにせよこの若者の大仰な所作は一抹の警戒を感じさせるものだった。にこやかに笑う男から敵意は感じられない。それでも何かあるんじゃないかとアレックスとウィリアムは注意深くホルスターに視線を注いだ。
「60ドルを分け合うにしては些か数が多いのではないかな?」
いつの間に居たのか、初老の男性が彼らのすぐ隣のテーブルに座ってこちらを見ていた。咥えていたパイプを口から離すと不敵に笑みを浮かべ、男は言った。
「レッスンその1。人に気前良く奢りすぎるな」
男は立ち上がり、彼らのテーブルの脇に立つとウイスキーのボトルを手に取った。男は全身黒ずくめだった。黒いフェルトハットにスーツを着た痩躯の男だった。
「レッスンその2。他人から酒を受けるのもほどほどにしておけ」
そしてまだ誰も手を付けていないグラスに注ぐと一息に飲み干した。再びグラスに酒を注ぐとボトルを元の位置へと戻し、鋭い目をさらに細めてアレックス達を睨め回した。
「妙な位置にホルスターを下げてるんだな」
とアレックスが言う。それに続けてウィリアムも口を開いた。
「銃も古い。一昔前の物だ。納屋に掛けてあったのを見たことがある」
「内戦時から使っている銃だ。一番信頼が置ける」
と、男は腰の前に下げたホルスターから僅かにはみ出た銃把に指を添えた。
「おいおい、いきなり出てきて俺の酒にケチつける気かよ?」
と、ホルスターが立ち上がった。
「座れよ。俺が酒を注いでやるぜ」
「座るのは構わん。だが自分の酒は自分で注がせてもらおうか」
「じゃあどっか行けよ、おっさん」
「レッスンその3。勝てない相手に喧嘩は売るな……分かったかね、坊や?」
「止さないか二人共」
見かねて割って入ったのはウィリアムだった。
「ホルスター落ち着け。それと、からかうなら他所に行ってもらえないかな、ミスター?」
「ジャクソンだ」
と、初老の男は続けて言う。
「アダム・ジャクソン」
「オーケイ、ミスター・ジャクソン。アンタも賞金首を捕まえる気なら大人しく座っててくれると嬉しいんだが」
ふむ、と頷くとジャクソンは椅子にゆっくりと腰を掛けて言った。
「これで60ドルを狙う人間は5人になったというわけか」
「5人?」
とアレックスが聞き返した。
「この男は依頼主だ。頭数に入れなくて良い」
「あそこを見たまえ」
ジャクソンが指差す席には店内で一番の大所帯となったこのテーブルをじっと見つめる男がいた。気づかなかったわけではない。が、それに言及することをここの誰もが避けていた。
鋲が打ち込まれた革製のヘルメットで頭部をすっぽりと覆った男がじっとこちらを見ている。ようやく気づいてもらえたことを悟ったのかその男は立ち上がるとゆらゆらとした足取りで彼らに近づいた。
「おいおいおい」
アレックスが忌避感をそのまま声に出した。
「待てよ、さすがにアンタは待てって。そこで止まれ。いくらなんでも何だその頭は?」
「……頭が何か?」
ヘルメット越しだからか少し声色はくぐもっていた。
「失礼ながら同席させてもらうよ」
異様すぎる風貌には似つかわしくないほど丁寧な所作で男は座り、そして一同を見渡した。
「うん、うん。皆腕が立ちそうですね」
空いてるグラスに酒を注ぐと口元だけヘルメットを脱ぎグラスに口をつけた。
「すみません、金が無くて腹が減ってたんですよ。一人で依頼を受けても良かったんですがそこのアナタに先を越されまして」
とアレックスを見て言う。
「いやぁ良かった。これだけの人数がいれば心強いですね」
「ちょっと待てよ。さっきから勝手に来て俺の酒を飲むのが流行ってんのか?お前は誰なんだよ?」
と食って掛かるホルスターに対し、ヘルメットの男は失礼した、と一言詫びた。
「私はジョン・ドゥンと言います」
「“名無し(ジョン・ドゥ)”だぁ?」
「ジョン・ドゥンです」
その後もジョンのヘルメットについて色々と尋ねるホルスターから依頼主へとアレックスは視線を戻した。
先に口を開いたのは依頼主だった。
「まだ人を待つんですか?」
「いいや」
集まった面々を改めて見る。アレックスがこの店に現れた途端、それまで誰も近寄ろうとしなかったこのテーブルにいまや5人の賞金稼ぎが座っている。この状況に一番戸惑っていたのは依頼主だった。
「全員集まった。さて、話を聞かせてもらおうか」
サンドクロウから北北西の方角へ馬を4時間走らせたところにダスクサイドという小さな村がある。近頃、その村の付近にとあるギャングが現れるようになったという。
村を襲う悪漢達を束ねるのはニールという男。ニールが現れたのは偶然ではない。近代化は進んでいるとはいえ未だ西部開拓の熱気が残るインディゴ・ステートでダスクサイドという村はあまりにも牧歌的すぎたのだ。
住民たちは武器を持たず、それでいて使い方さえも知らない。牛を飼い、農耕をして一日を終え、外との関わりといえば付近を通る旅人に宿を貸すくらいの閉鎖的な村だった。ニールからしてみればダスクサイドという村そのものがヤギや羊のようなものであった。
「ニールが合衆国の賞金稼ぎとなっている。頼む。私達の村を助けてほしい。宿も我々の村で無償で貸し与える。だから、どうか!」
男の口ぶりから察するに村はすでに限界なのだろう。疲労が溜まった目元の生気は薄く、日に焼けているのに健康そうには見えなかった。
「一味の規模は?」
とジャクソンが言った。依頼主は首を小さく横へと振った。
「さあ……少ない方だと思う。村へ来るのは決まって少数だし。それに、私達は今までギャングというのをあまり見たことが無いんだ」
「ははっ、なら楽勝じゃねえか!もちろん酒も用意してあるんだろうな?」
とホルスター。
「そうすりゃあ、そんな連中全員仕留めてやるさ!」
「連中が何を使ってるか分かるかい?」
とジョンも質問を述べた。そして、先程と同じように、それでいてはっきりと依頼主は首を横へと振って答えた。
「そういう事情には疎いんだ。すまない」
「いや、良いんだ。気にしないでくれ」
「規模も兵力も分からず、か」
とウィリアムは呟くとアレックスを見た。
「どうする?」
「助けるさ。……お前もそうだろう、ウィリアム?」
「ああ。そうと決まればすぐ向かった方が良さそうだ」
異論は無いな、とウィリアムが全員を見渡す。
「よし、案内してくれ」
「今何時くらいだ?」
アレックスが呟く。彼らはその発言が自分達に向けられたものか、それとも時折アレックスが虚空に向かい話しかけるものなのか判別がつかなかった。
この中で比較的マトモなガンマンであろうアレックスは不意にどこかに向かい、まるでそこに誰かがいるかのように話しかける癖がある。何らかの後遺症かそれとも生来の疾患なのか。
「ミスター、今何時かな?」
ジョンが問う。ジャクソンは懐から懐中時計を取り出して眺めるとまたスーツの内側にしまった。
「ちょうど2時間経った頃合いだ」
「だそうだ、アレックス」
「行くも戻るも地獄だな」
アレックスの返答は誰しもが予想つかないものだった。
「どういうことだ?」
と聞き返したウィリアムはすぐにその理由が分かった。
銃声が1つ。彼らの近くの足元で砂が舞い上がった。先頭を進むアレックスの馬が立ち止まり嘶いた。それに続いて一同の馬たちも前足を上げて立ち止まると首を振った。
突然の事態に困惑していたのは依頼主だけであった。
「ニールの仲間か?」
とウィリアム。
「さあ。どちらにせよ、好ましくない客だってのは確かだな」
野盗が4人姿を見せると彼らを取り囲んだ。それに応じるようにアレックスたちも円陣を組む。抜け出せられそうな道は無い。このまま蜂の巣か、応じるかしか無いようだった。
「いきなり囲まれるとはね」
とジョンが呟く。
野盗はまだ何もしてこない。しかし、いつでも銃を抜けるようにホルスターに手を添えていた。
「向こうと会話はできそうもないな」
どうする、とジャクソンがアレックスに問うた。アレックスはホルスターから銃を引き抜き、目の前の相手に2回発砲した。一発は足へ、そしてもう一発は腹部に命中し呻きながら野盗が馬から転げ落ちた。
「これが答えだ」
それが合図だった。野盗たちが銃を抜き、賞金稼ぎ達も銃を抜いた。
いくつかの銃声が重なる。そのうち、2発が野盗の1人に撃ち込まれた。それはどちらもウィリアムが撃ったものであった。左肩に1発、そして心臓に1発。だらりと力なく垂れた手から野盗の銃が落ちた。支えを失った下半身が弛緩し、ぬるりと馬体から倒れ落ちる。
野盗のもう1人を仕留めたのはジャクソンだった。敵が撃つよりも早く対応できていたのはこの3人だった。
唯一、先んじて行動をできた野盗の弾がジョンの左肩を掠めた。大きく体を仰け反らせるも右手でしっかりと手綱を握り締めて持ちこたえているようだった。
「ジョン!」
「平気だ気にするな」
ホルスターの呼びかけにそう答えたジョンも一足遅れて抜こうとしたが、それを止めたのはアレックスだった。最初の1人にすでにとどめを刺し、ジョンを撃った残るもう1人も撃ち殺すとホルスターにダブルアクション式のリボルバーを納めた。
「棺桶が必要な奴はいるか?」
アレックスの言葉に全員が首を横へ振る。
ウィリアムが倒した敵のそばまで近寄ったジャクソンは馬から降りて死体の顎を掴んだ。即死している。銃弾は綺麗に心臓を突いたようだった。
「お見事、ルーキー」
野盗たちが乗っていた馬はすでに遠方へと走り去っている。その背を見送るように彼らは再び荒野を進み、町へと着いたのは日が暮れて間もなくの時刻であった。
ダスクサイド 午後7時
「あぁ、くそっ!」
小さな酒場は珍しく人が多かった。その殆どが余所者で、賞金稼ぎだった。5人の賞金稼ぎは酒場の一角に腰を下ろし、彼らを連れてきた依頼主に言われるがまま待っていた。
「これも駄目か。くそっ!」
それは何度もマッチを擦る音とジョンが苛立つ声だった。口に咥えた煙草に火は点いておらずマッチを擦って火を近づけても煙草から煙が出ない。
「煙草を吸うのは初めてか?」
とジャクソンが言う。彼はパイプを咥えており、少し悪戯げに目を細めると煙を吐き出した。
「さっき撃たれたときの血がついたみたいだ。どれも火がつかない」
「それは勿体ないことをしたな」
「それにしても」
とウィリアムが口を開く。
「いい加減腹が減ったな。銃の手入れで時間を潰すのもそろそろ飽きてきた」
ウィリアムの視線の先には、彼らと同じようにテーブルで話し込む2人の男。時折彼らを見てはまた二人で何かを話しているようだった。
「一体何を話してるやら」
「あまり良い印象は持たれてなさそうだぜ」
アレックスに言葉を投げると少しだけ頷いてアレックスが応えた。
「どうやら、おいでなすったぜ」
アレックスがそう言うと二人が席を立ち賞金首達のテーブルへと近づいた。どちらも彼らより歳が上であるが、ジャクソンほどではないようだった。
二人のうちより年配の男性が最初に口を開いた。
「この村の長老のエイブラムだ」
それに続いてエイブラムの隣に座る男はザカライアと名乗り、自身がこの村の村長であることを告げた。
「長老?」
とホルスターが口を挟む。
「俺たちの長老とどっちがジジイだ?」
にやにやと笑いながらエイブラムとジャクソンを見比べるも両者から相手にされていないと分かったのか小さく口を尖らせて肩を竦めた。
「すでに聞いていると思うが、宿は好きに使ってくれ。ここの向かいの建物に部屋を用意している」
馬宿は宿の裏手だ、とエイブラムは付け加え、思い出したようにさらに言葉を続けた。
「君たちの他にも客人がいる。この村の用心棒だから心配しないで君たちの仕事に専念してほしい」
何か聞きたいことは、とエイブラムが視線で訴える。
「最後にニールが来たのはいつだ?」
最初に応じたのはウィリアムだった。エイブラムは少しだけ目を伏せ、眉間にシワを寄せて絞り出すように答えた。
「昨日だ」
「昨日来たから今日も来ない、なんてことは無いよな」
ジョンが言う。相変わらず脱ごうとしないヘルメットに露骨に訝しむ目線を向けてエイブラムは同意した。
「その用心棒の腕は?」
煙を燻らせてジャクソンが言った。
「さあ。分からないが、強いと思う」
「昨夜ニール達が来たとき、そいつが戦ったのか?」
「そうだ」
「ふむ」
ふぅ、と煙を吐く。
「60は少ないな」
ジャクソンの言葉にホルスターも大きく頷く。
「確かにな。もう5ドル貰ったって罰は当たらないぜ」
「賞金は連邦保安官局が制定して支払っているものだ。我々がどうこうできるものではない」
「困っているんだろう?」
挑発するように言うジャクソンに対し、エイブラムは苦虫を噛んだような表情を浮かべて首を横へと振った。
「我々が君らに提供できるものは宿と食事だけだ。それ以上の物を今のこのダスクサイドから期待しないでくれ」
あいつらと変わらん、とエイブラムの隣に座る村長が小さく呟く。
「なあ、その用心棒とやらにはいくら支払ったんだ?」
「それを教える義理は無い、若造」
ホルスターの問いは一蹴され、再びつまらなそうに肩を竦めるしかなかった。
「俺たち印象悪いぜ、おっさん」
「君は黙っていたまえ」
ジャクソンが小さく溜息をつく。
彼らのやり取りが終わるのとそれまでずっと俯き、何かを呟いていたアレックスが顔を上げるのは同時だった。
「他に怪しい奴……?」
何かを推察したのか、少しだけ眉間に小さくシワを走らせてアレックスが呟いたのを聞いたのは隣に座るホルスターだけだった。
彼らに施された食事は豆と少しの野菜を煮たスープとパン、そして干し肉だった。
「お、揃ってるな」
村長が連れてきた男は酒場に入るなり賞金首たちを見ると口の端を吊り上げた。
「ジョシュアだ。村長に雇われてこの村に居させてもらってる」
お仲間だな、と付け足すとジョシュアは立ったまま背を壁に寄りかからせた。
「何故ニールを始末しに行かない?」
とジョン。それに対してジョシュアは両手を挙げて首を振った。
「俺はあくまで用心棒。この村が襲われれば奴らを撃つが、そうでないなら深追いはしないんでね」
「案山子を雇ったってわけだ」
「ひどい言い草だな。俺からしたらアンタの身なりの方が案山子だぜ」
「どっちが多くのカラスを追い払えるか競うかい?」
「いや、辞めとこう。……俺はニールの首まで狙ってるわけじゃない。あいつの賞金はあんたらに全て渡す。俺は自分の報酬金だけ貰えればそれでいい」
「いくらで雇われた?」
とジャクソン。
「それは秘密だ。それにだ、ニールに当局が賞金を懸けてるのを知ったのはついさっきだ。この村の人から聞いたよ。俺は元々、奴が賞金首だとは知らなかったんだ」
本当だ、とジョシュアは言った。
「連中は盗賊の集まりみたいなもんだ。小さな愚連隊だよ」
さて、とジョシュアが壁から背を離した。
「グリーティングはこの辺にさせてもらうよ。俺はもう寝る。君らは夕食の続きを楽しんでくれ」
ジョシュアとザカライアが去る。その背を凝視するアレックスにホルスターはようやく聞ける、と言ったように耳打ちした。
「そんなに気になるか?」
「いいや。ただ……ザカライアだけはまだ俺たちと面と向かって話してないと思ってな」
夜も更け、各々は宿へ戻り部屋に入った。銃を手入れする者、明日に備え眠る者、部屋の窓から村の一点を見つめる者と夜の過ごし方は様々だった。
翌朝、宿の外に出た一行は苦笑をするより他はなかった。
「確かに牧歌的だな」
ウィリアムが皮肉を言うのも無理はなかった。村人たちは皆、彼らを遠巻きに眺めるか目を逸らすかのどちらかに集約されていたからだ。
「少し自由時間にしよう」
とアレックス。
「連中についての情報を聞いておくのも悪くない。また昼前にここで落ち合おう」
「誰か会話してくれる人、いると良いけど……」
「あんたはその、厳しいかもな」
と、ウィリアムはジョンに返すと動き出した。ホルスターとジャクソンも各々好きなように動くことにしたのかホルスターは村はずれへ、ジャクソンは宿へと引き返した。
「さて、質問だ」
誰もいなくなったのを見計らうとアレックスは再び『独り言』を呟いた。
村の警鐘が響いたのは彼らが一時解散してから程なくしてだった。遠方から馬に乗った一団が駆けてくる。それが何なのか村人たちは知っていた。一目散に家の中へと逃げ込み戸口に鍵をかける様子から賞金稼ぎ達もそれが何なのかを理解したようだった。
一団が近づく方の村の入り口にはすでにジョシュアがいた。徐々に近づく集団を睨みつける彼の周りに賞金稼ぎ達も集まっていた。
「あれがニール一味か」
ウィリアムの言葉にジョシュアが頷く。
「手を貸してくれ」
とジョシュア。
「行きがけの駄賃だな」
とジョンが言う。ホルスターも頷き、いつでも抜けるように銃へ手を伸ばした。
「俺は他を見る。他にも来るかもしれん。二人も来てくれないか?」
「分かった。良いよな、ミスター?」
アレックスに問われたジャクソンは頷き、ウィリアムについていく。
「集団が分かれた!別動隊を頼む!」
ジョシュアが叫ぶ。集団から3人が分かれ、それらは村はずれの方へと進路を変えたのが見えた。残る4人はそのままジョシュアらが待つ村の大通り入り口を目指して馬の腹を蹴った。
「こっちが1人分不利か」
とジョン。
「最初は俺が応じる。君らは隠れててくれ」
村の入り口に3人、村はずれに3人が辿り着く。建物の影に身を隠した賞金稼ぎ達は固唾を呑んでジョシュアを見守った。
「そこで止まれ!」
ジョシュアが声を張り上げる。集団の中にニールの姿は見えなかった。
「懲りずにまた来たのか?」
「今日は見逃してやっても良かったんだがな」
手下の1人が言う。
「お前ら、何もないとか言ってたが……嘘をついちゃあいけねえよ。聞けばお前の他に5人も賞金稼ぎを雇ったって言うじゃねえか」
どうなんだ、と手下が問う。
「この村で銃を扱えるのは俺だけだ」
「そうかい」
手下は馬から降りると村の大通りについた蹄鉄の後を指差した。
「この前は無かったよな?ざっと……5頭分だ。随分な数じゃねえか。旅人が5人も来るか?こんな田舎の余所者嫌いの小さな村に」
「見落としてただけだろう」
「今日はずいぶん強気だな、用心棒?」
「そういうお前は弱腰だな」
その言葉は相手の刺激するには十分すぎた。ジョシュアと話していた男が顔を赤らめ銃を抜いた。ハーフコックの状態だった撃鉄を寝かせきると引き金を引く。男は素早かった。男が見ている景色は撃たれたジョシュアだった。
そのはずだった。撃ったはずの弾はあらぬ方向へと飛び、胸もとに熱を帯びた何かが突然埋め込まれたようだった。砂漠の白い砂に赤い水溜まりができた。男は早かったが、それ以上にジョシュアは素早く、精確に男の右手と胴を撃ち抜いていた。
この2発の銃声が戦いの合図だった。堰を切ったようにニールの手下たちが引き金を引く。物陰から飛び出したジョンとホルスターがジョシュアの援護に回り応戦する。
「全員殺せ!」
手下の誰かが叫んだ。村はずれに位置していた分隊も村に近づく。分隊を最初に撃ったのはジャクソンだった。
「こっちにも居やがった!」
ジャクソンの弾は分隊の先頭の馬に着弾した。馬から降ろしたが戦力を一人削ぐまでにはいかず、却って彼らが隠れる陰にいくつもの銃弾が叩き込まれた。
「おっと、狙いが悪いなミスター?」
「こういう日もある」
アレックスの軽口に返すとジャクソンは物陰から外を伺った。アレックスと交代で撃っては身を隠してのリズムを繰り返しながら手下たちを村に入れまいと応戦する。
「ウィリアム、交代だ!弾を込める!」
アレックスがさらに奥へと身を隠すのと同時にウィリアムが身を翻して飛び出し、銃を撃つ。
「身を出しすぎだ、ルーキー」
「あ、あぁ」
弾を込め終えたアレックスはジョシュア達の様子を伺い、不意に声を漏らした。いつもの独り言の癖ではなかった。その声につられ、ウィリアムとジャクソンも身を隠しながらジョシュアらを確認し同様に声を漏らす。
「何をしてんだアイツ!?」
アレックスがそう言うのも無理はなかった。賞金稼ぎも、ジョシュアも、挙句にはニールの手下ですら驚愕の顔をしていた。ただ一人、ジョンを除いて。
「まどろっこしいのは嫌いなんだァ……」
片手に銃を握り、物陰に隠れることもせずゆらゆらと一番近くにいた手下のところへと肉薄する。
「何やってんだあのヘルメット野郎……!?」
「ジョン、戻れ!」
ジョシュアとホルスターの声が聞こえていないのか、それとも無視しているだけか。無防備にも近づこうとするジョンは当然狙われる。しかし、その尽くが致命傷に至らなかった。
必然的にジョシュアとホルスターは鼻息を荒く肩で呼吸しながら1歩ずつ大通りを進むジョンの援護に回らざるを得なかった。ジョシュアが身を出した時、流れ弾がジョシュアの顎付近を掠めた。
「――ッ!」
「ジョシュア!?」
「掠り傷だ気にするな!あいつの援護に集中してくれ!」
別方向からジョンを狙う敵をホルスターが牽制する。ジョンは近すぎるほど敵へ接近し銃弾を叩きこんでいた。ジョンが相手をしていた敵が倒れるのは時間の問題だった。
分隊の相手をしているアレックスは残弾を確認しながら徐々に聞こえる銃声が減りつつあることに気づいていた。
「どっちがやられてると思う?」
アレックスが言う。
「さあな。俺の位置からじゃ向こうが良く見えない」
ウィリアムは周囲を見渡してから再び言葉を発した。
「少なくとも俺たちの方は片付いたか」
遠くで聞こえる銃声はジョシュアらのものだろう。しばらく身を潜めて様子を伺ったが誰の叫び声も新しい銃声も聞こえない。
どっちが勝った?静かな町に響き渡っていた銃声はもう聞こえない。様子を見ながら物陰の向こうを伺い、恐る恐る村の大通りに集まった顔ぶれに欠けは無かった。ジョシュアとジョンが負傷していたが運が良いのか、もしくは死の女神に嫌われたのか二人は生きていた。
「昔から運が良いんだ」
とジョン。
「相手は7人だったはず。こっちが4だから死体があと3つ見つかれば帳尻が合うな」
ヒップボトルの栓を慌ただしく開け勢いよく呷ったジョシュアが口元を手の甲で拭い、賞金首たち全員を見回した。
「助かったよ」
「傷の具合は?」
とアレックス。
「これくらいで騒いでたら命がいくつあっても足りないぜ」
「軽口が叩けるなら平気そうだな」
ジョシュアの肩を叩き互いの生存を労うと村はずれの方からウィリアムとホルスターが何かを引きずってきた。黒いずた袋のように見えたそれはニールの手下だった。鼻から血を流し目元が腫れている。両手を縄で縛られた男は賞金稼ぎ達を見上げ舌打ちをした。
「売女の息子共が」
「そいつは俺が引き取る。ニールについて色々吐いてもらわないとな」
とジョシュア。直後、男がジョシュアの靴に唾を吐いた。
「ふへ、へへ……」
それは単なる戯れの挑発か最後の抵抗かは分からない。が、それが自身の処遇を1ランク重くすることだと理解していたら到底取らない行動であることには違いない。
「吊るし首かもな、お前さん」
とアレックスの言葉を受けて不安げに男はジョシュアを見上げる。逆光で暗く表情が伺えないが、見下ろす眼差しだけはよく見えた。
「村長のところに連れていく。酒場でまた会おう。俺に奢らせてくれ」
午後1時
酒場には賞金稼ぎら5人とジョシュア、長老エイブラム、ザカライア村長が集まっていた。昼食も取り終わり朝方の撃ち合いの緊張がようやく村から去った頃合いだった。
「あの男が吐いた情報だと朝の集団が手下のほとんどだったそうだ」
ジョシュアが言う。
「村の南西を拠点に部下を送り込んだそうだ。残っているのはニールと腹心、それともう1人ニールにとって都合が良い手下の合計3人らしい」
「手下たちに一通りここを襲わせてから最後の大詰めを自分でやろうって魂胆か」
アレックスの推察にジョシュアも同意を示した。
「だとしたらニールが動くのもそろそろなんじゃないか?きっと、奴は部下たちがそろそろ村を占拠する頃だと考えていると思うし……。俺たちもすぐ動くべきだと思う」
とウィリアム。この言葉にもジョシュアは強く同意をした。
「奴から聞き出せた情報はこれだけだ。だが、相手の人数が分かっただけでも打つ手はある。……村長、俺は彼らと共にニールを──」
「それは駄目だ。断じて、君を行かせるわけにはいかない」
「村長……!」
「君が出て行ったら誰がこの村を守る?賞金首のことは賞金稼ぎに任せなさい。君はこの村の用心棒なのだよ」
ジョシュアの眉間に小さなシワが走った。僅かに目を伏せると小さく頷く。
「分かったよ。そうか、そうだな……」
「昨夜もそう言われたのかな?」
ザカライアとジョシュアはハッとしてその言葉を発した人物を見た。ジャクソンがパイプを咥え余裕たっぷりの笑みをたたえながら二人を見ている。
「二人で何やら話し込んでいたようだが?」
「彼の報酬金についてだ」
とザカライア。
「長老の意見を聞かずに私が独断で雇ったのでね。報酬金について色々話しておく必要があったんだよ」
「その用心棒を村に引き留めて昨日の話の続きがしたいように見えたが」
「それもあるかもな。彼は負傷した。それなりの手当てを私の懐から出す必要もあるだろうし」
「手当て、か」
「ジャクソンさん。それくらいにしてはくれないか」
エイブラムが割って入った。
「ザカライアが不満なのかもしれないが、彼はこの村を第一に考えてくれているんだ」
「結構。素晴らしい愛村精神だ」
ジョシュアがテーブルの上に地図を広げた。村周辺の道や他の村の大まかな位置が書かれている。サンドクロウの町も記載されていた。
「このあたりだ。岩石地帯だな。ここにテントを張っているらしい」
「村に近いな」
とアレックス。
「この距離なら馬なら30分程度だぞ」
「あぁ、急いでくれ。今の俺は村を守りながらニール達の相手をするのは厳しいからな」
アレックスが他4人の顔を伺った。いつでも行けると彼らは目で返す。それに頷いて応えるとそれぞれ酒場から出た。
「撃つ的を見誤るなよ」
と、何かを感じたのかウィリアムがジョシュアへ言った。ジョシュアは少しだけ笑みを作って頷くと彼らの無事を祈る。
酒場のドアを最後に抜けたのはアレックスだった。例によって独り言を呟き、そして足を止めて振り返る。
なるべく表情には出さないようにしていた。しかしきっと出てしまっていただろう。アレックスは驚きを隠さず目を見開いてザカライアを見た。じっと賞金稼ぎ達の背を見送る村長の表情は無で、そこに隠された真意はそれを垣間見たアレックスですら信じがたかった。
「……」
ザカライアが店の奥へと消える。それに続くジョシュア。
「アレックス、出発するぞ」
ウィリアムが彼を呼ぶ。
言えない。伝えるにしてもどうやって?
敵はニールだけではなかった。逃げ出すなら今しかない。しかし、そんなことをするつもりはない。それでもこの事実は信じがたかった。敵は残っている。自分たちの背後でゆっくりととぐろを巻き、舌先を見せながら牙を剥く瞬間を見定めていることを。
周囲を見渡せる小高い岩山があった。周辺の地形を観察するには十分だった。
近くの立ち枯れた木に馬を留めると急こう配の坂のような岩肌をよじ登って彼らは周辺を見回した。吹き抜ける風が日差しの熱気を幾分和らげてくれていた。ただでさえ暑く、雲一つない天候の下で岩場に寝そべって双眼鏡を覗き込んでいては10分もしないうちに体がバターのように溶けそうな気がした。
「馬だ」
とジョンが言う。ジョンから双眼鏡を受け取ったアレックスもそれを確認した。
「3頭だ」
「近くにテントも見える。ニールの馬で間違いなさそうだ」
坂を下りてニールのテントを目指そうとした瞬間、足元の岩が爆ぜた。銃声も同時に聞こえていた。彼らを狙って撃ったもので間違いはなく、待ち伏せされていたと理解するのに数秒も要さなかった。
「みんな伏せろ!」
次の銃声は聞こえない。
「敵の位置、誰か見えるか?」
アレックスの言葉にそれぞれが極力顔を上げないようにしながら周辺を見た。
「目の前の坂の下に1人」
とホルスター。
「11時の方向に1人。あれはニールじゃない」
ウィリアムも続ける。これで2人。残るはウィリアムの位置だけだった。
「見えた!」
とジョンが言う。ニールはジョンと同じように双眼鏡でこちらを見ていた。レンズが太陽光を反射したおかげでニールの位置を把握できた。
「2時の方向だ。岩場の陰に隠れてる。それに厄介だぞ。銃把にストックを付けて遠くからでも狙えるようにしてるようだ」
「あいつをこっちに引きずり出すか、俺たちが近づく必要があるな」
アレックスは苦しそうに景色を見つめた。身動きが取れない状況だった。一見高台にいる彼らの方が有利に思えたが、その岩場はまともに歩ける道が1つしかない。そして、その道の先はニールの部下がしっかりと見張っていた。
「誘い込まれたか……」
「どうにかして坂を下りるしかないが……」
彼らを急かすように岩場に銃弾が飛ぶ。弾が当たった箇所の岩が砕け、パラパラと小石と砂埃を巻き上げていた。
「とりあえず、坂のあいつさえどうにかできりゃあ良いんだよな?」
とホルスターが言った。
「ここで仲良く日光浴を続けるわけにはいかないだろ?」
「下りる途中で撃たれるぞ。あそこはニールからも狙えるポイントだ」
「坂の上から狙うさ」
ホルスターはダスターコートのポケットにしまっていたタリスマンを取り出して口づけをした。
「俺なら狙える」
そう言うとすぐさま立ち上がり、坂まで走ると敵を見据えて引き金を引いた。
1発、2発、3発。銃声が響く。それらは全てホルスターが放ったものであり、その音の後に立っていたのもホルスターだった。
「仕留めたぞ!」
ホルスターの声が木霊した。
状況が動いた。賞金稼ぎ達に場は傾いた。しかし、それを見計らっていたように動く者がいたことも事実だった。
ニールが動いた。岩陰から狙撃の構えで半分だけ身を露わにした。
狙いはすぐに分かった。そして、ニールを見張っていたのはこの時アレックスのみだった。
「ホルスター伏せろ!!」
ホルスターの援護に回ろうとしていたジョンが動きを止めた。もう1人の部下に狙いをつけていたウィリアムとジャクソンもホルスターの方へ顔を向けた。続けて聞こえた2つの銃声はホルスターのものではなかった。
1つは胸もと近くだった。しかし、当たり所が良かったのか出血こそしたもののまだ生きていた。全身がふらつく。アレックスの言葉を思い出し身を屈めようとしたホルスターの喉をもう1発の銃弾が貫いた。
「ホルスター!」
「行くなジョン、君も狙われるぞ!」
ウィリアムがジョンを呼び止める。
「すぐに手当てをしないと!」
「あれは即死だ。あいつは喉を撃たれた!」
岩場が静けさを取り戻す。その時、くっくっ、と笑い声が響いた。
「よう、誰か死んだか?」
ニールだった。岩陰に隠れながらニールが彼らに聞こえるように声を張り上げる。
「俺の首にいくら懸かってる。えぇ、おい。100か?」
「60だ」
アレックスが応えた。
「なに、60?」
「不満か?」
「あぁ不満だね。60ぽっちだなんて冗談じゃねえ。俺の首は少なくても150は下らないはずだ」
「保安官に突き出した時にお前が何て言うか楽しみだ」
「捕まるもんかよ。お前らみたいな素人に縄にかけられるなんて御免だぜ」
再びニールが岩場を狙った。今度はアレックスの近くを精確に狙っていることが分かった。あえて外したのか、ぎりぎりの地点で岩が炸裂した。その音と景色は十分なプレッシャーをこの岩場にもたらしていた。
「皆はニールを頼む」
ウィリアムが言った。
「あそこの手下は俺がやる」
「君と私だ」
そう続けたのはジャクソンだった。
「二人で相手すれば不利ということはないだろう」
「……すまない、助かる」
二人が再び手下の動きを伺うのを見届けジョンがアレックスへ向き直った。
「俺たちでニールをやるか」
「ジョン、お前縄持ってるか?」
「いいや」
ジョンはホルスターの死体を見やった。今にも起き上がりそうな気さえする若者の遺体はガンベルトに括り付けるように縄が垂れているのが見えた。
呼びかければまた軽い口調で会話に応じてくれるのではと思ってしまう。しかし、それが叶わないことであることも分かっていた。
「彼が持っていた」
「取りに行きたいが、きっとニールは見逃さないだろうな」
「どうする、アレックス?」
「奴に近づく」
「どうやって?」
アレックスはホルスターの死体を見やった。
「坂を下りる」
「いいね。ホルスターの二の舞になることを除けば」
「そうならないように援護してほしいんだがな」
ジョンがニールの様子を見た。いつでも撃てるようにこちらに狙いを定めて静止している。少しでも余計に身を乗り出しすぎると銃弾が顔のすぐ近くを過ぎ去った。
「おっと危ない」
続けて数発分の銃声が響く。数秒の沈黙が追いかけ、そして再びニールの声が辺りに響いた。
「どうした、もう終わりか!?」
再び銃声。アレックスとジョンは顔を見合わせるとそれぞれが動き出した。ジョンがニールの方角へ発砲する。応戦するニールの弾がジョンを狙う。その間にもアレックスは坂を駆け下りていた。狙いをアレックスに移せばジョンの弾が自身の命を獲る。舌打ちし、ニールはアレックスが坂を駆け下りる様子を横目に捉えることしかできなかった。
「あいつはまだ片付かねえのか!」
別箇所から聞こえる銃声から手下はまだ生きているのだろうが、ニールに加勢しに現れないところを見ると賞金稼ぎを始末することに手を焼いているらしい。
「ははっ、賞金稼ぎ!お前らに俺を殺せるか?60ドルは生かして捕まえた時の値段だろう。悔しいか!俺はお前たちの仲間を一人撃ったが、お前たちは俺を撃てない!」
ニールの放った銃弾が岩場の上から援護していたジョンの胴に当たった。ジョンが揺らぐ。左手でヘルメットを整え体勢を持ちこたえると再びニールに向けて銃口を向けた。
「殺し損ねちまった!次はちゃんと殺してやるよ!」
その時、ジョンの弾がニールの頭上を僅かに掠るように通り抜けた。被っていたソンブレロが足元へ落ちる。すぐさま物陰に身を隠しニールは姿勢を低くした。中折れ式の銃身を折り曲げてシリンダーを抜き出し、ポケットから弾が装填済の新しいシリンダーを取り出してはめ込むと銃身を戻しピンをはめ込む。この動作にかかった時間は数秒だった。
再びニールが物陰から体を出して岩場を見た時、坂を駆け下りていたアレックスの姿は無かった。手下がやったのか。気づけば手下たちの銃声が何一つ聞こえない。
静かだった。遠くで鳴く鳥の声が聞こえるほど静寂に満ちていた。
誰かが小石を踏む音が聞こえ、ニールは振り返った。
「うっ!?」
アレックスが立っている。賞金稼ぎは静かに銃を構えた。
「保安官に突き出そうってか」
「まだ生きていられるって思ってるのか?」
アレックスが引き金を引く。ニールの右足から血が噴き出した。ニールの手から銃が落ちた。膝をついて苦悶の表情を浮かべながら、落としてしまった銃を拾おうと手を伸ばす。しかし、アレックスが次に撃った弾がニールの銃身に当たり銃がニールの後方へ吹き飛ばされる。
「……」
「拾えよ」
とアレックスが言う。
「ふ、ふふ……撃つつもりか?」
「どうだか」
「──ッ!」
ニールが背を向け、銃を拾う。
アレックスが撃鉄を寝かせる。
ニールが構える。
アレックスが引き金を引いた。
銃声はそれだけだった。そして、この岩場から聞こえる最後の銃声だった。
ジョンとジャクソンが負傷していた。二人とも息はあるが、ジャクソンは年齢のせいか痛みが堪えるのか大粒の汗をかいていた。
「現役引退かい」
アレックスの言葉に少しだけ口の端を吊り上げて笑みを作るとジャクソンはパイプを咥えた。彼の左手には白い布が巻かれ、指先のあたりに血が染みていた。
「私より賞金の方を心配したまえ。君が殺したおかげでただでさえ少ない60ドルがもっと少なくなってしまったぞ」
「自分の命より賞金か。賞金稼ぎの鑑だな、ミスター」
アレックスはニールの死体からガンベルトや装飾品を外すと無造作に投げ捨てた。それを横目で見ながらウィリアムが言葉を投げる。
「君は相変わらずタフだな」
言われたジョンは傷口を見せつけるように一つ一つ指差した。
「ここと、ここ。撃たれたがピンピンしてるだろ?」
「ヘルメットのおまじないか?」
「さあ、どうだかね」
アレックスの馬にニールの死体が載せられた。そして、安らかに眠るホルスターの死体を抱きかかえてウィリアムが言った。
「村で弔おう」
「それがいい」
ウィリアムが自身の馬にホルスターを載せる。
その時、村の方角から誰かが馬に乗ってやってきた。彼らも良く見知った顔だった。
「遅かったか」
ジョシュアはそう言うと馬に載せられたニールを見て納得したのか頷いた。
「終わったんだな」
そして、賞金稼ぎ達が4人しかいないことに気づき、次いでウィリアムの馬を見て小さく溜息をつき、十字を切った。
「村はいいのか?」
とジョン。
「お前たちは村を守るのに手を貸してくれた。そんなお前たちを見殺すような真似はできなかったんだ」
遅くなってすまなかった、と詫びる。そして何かを決心したような顔つきに変わると重々しく口を開いた。
「……村に戻るのは、辞めたほうが良い」
「村長か」
アレックスの言葉に少しだけ驚いたような表情を見せ、観念したのか自嘲的な笑みを浮かべるとジョシュアは首肯した。
「気づいてたか」
バレてないと思ったが、と。それに対してアレックスはぶっきらぼうに一言返すだけだった。
「勘だけどな」
「敵わないな」
ジョシュアは自身の銃に手を伸ばさなかった。両手で手綱を握りしめ、それを崩さなかった。
「話しておくことがある。聞いてくれ」
地平線の向こうで太陽が赤く輝きながら沈む準備をしていた。茜色に色づく空の下、全てを覚悟したジョシュアの顔は西日により齎された影いじょうの暗い陰影があった。
「村長はお前たちを信用していなかった。そして、俺にお前たちを始末するように言ってきたんだ」
「そのために現れた、と」
ウィリアムの言葉にジョシュアは「そうだ」と淀みなく答えた。
「だが、俺にはできなかった。一度は背中を預けた仲間の背を撃つなんてことは……。用心棒として恥ずべきことだが、俺は自分に嘘をつきたくなかったんだ」
「なら、どうするんだ?」
とジョン。
「俺たちは行く宛てがなくなるな」
「サンドクロウに戻るんだ。村を迂回する道を教える。今から行けば明日の夜明けには辿り着けるはずだ。村長にはお前たちは死んだと伝えておくよ」
「お前さんはどうするんだ?」
とアレックス。
「村長は俺たちの死体を確認しにここへ来るはずだ」
「その時はその時だ。権力や金を持っていても、彼らは銃を持たない。心配することは無いぜ」
馬を回れ右させるとジョシュアは言った。
「もう会うことはないだろう」
馬が歩き出す。その時、それまで沈黙を保っていた男が口を開いた。
「待ちたまえ」
最初にジョシュアを疑い、最後まで警戒していたジャクソンだった。
「ザカライアからすれば君も信用ならない人物だろう」
「……そうだろうな」
「では、君は村に戻れば死ぬことになるだろうな」
どうだろうな、とジョシュアは嘯いた。
「君が貰った報酬金が村長の手に帰るというのは私としては見過ごせない話だ」
ジャクソンは馬に跨ると少しだけ馬の腹を蹴り歩かせた。
「おいおいおい」
ジョシュアが振り返った。ジャクソンだけではない。賞金稼ぎ達が全員各々の馬に乗ると村の方へ──ジョシュアの方へと近寄っていた。
「君の死体からその報酬金をいただくとしよう。そうすればニールが死んだ分の埋め合わせにはなるだろうね」
賞金稼ぎ達がジョシュアを追い越し先へと進む。好きにしろ、と呟くとジョシュアは晴れ晴れとした笑みを見せて彼らと並び、村へと向かった。
「全てを話した」
村に着いた彼らを出迎える村人たちの中に村長はいた。
村人をかきわけ村長の目の前に歩み寄るとジョシュアはそう伝え、そして事の顛末を全て話した。長老に真偽を問われたザカライアは唇の端を噛んで賞金稼ぎ達を、そしてジョシュアを睨んだ。
「薄汚いハイエナ共め」
ザカライアの言葉はそれだけだった。
ホルスターの死体は手厚く村で弔われた。村はずれの墓地に死体は埋められ、村を守った英雄と墓標に記された。
全てが片付いた。そして夜が更けて日が昇るよりも少し早い時刻に彼らは村の入り口にいた。
「どこへ行くんだ?」
とアレックスがジョシュアに問う。さあな、と返すとジョシュアは東の空を見た。まだ日は昇っていないが空は少しずつ白みだしていた。
「リンクスでも目指すかな」
「達者でな」
「お前たちはどうするんだ?」
ジョシュアはそう言った直後に自ら苦笑すると肩を竦めた。
「聞くまでもなかったな」
「1ドルでも仕事があるなら、俺たちはどこへだって行くさ」
「……俺たち、良い仲間だったよな」
ジョシュアの言葉にアレックスは小さな笑みで返した。
「いつかまた会おう。アディオス、アミーゴ!」
ジョシュアが東の太陽に向かって馬を走らせる。昇り出した太陽の放つ朝日の眩しさに一瞬目を閉じた後にはもうその姿は遥か彼方へと消え、見えなくなっていた。
こうして、ダスクサイドでの騒動は終着を迎えたのであった。
・
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「それで?」
と店主は話を聞き終えるとモリスに言った。
「アンタは出てこなかったな、モリスさん」
「あの頃の私はモリスじゃなかったからな」
男は懐かしさに顔をほころばせた。
「私がそのジョシュアだ」
そう言うとモリス──ジョシュアは着古したコートのポケットから何かを見つけたのかそれをカウンターの上に置いた。
くしゃくしゃに丸まった1ドル紙幣だった。
「あの時のカネが残ってたのかもしれん」
そう言うとジョシュアは店を後にし、カリフォルニアの雑踏に消えて行った。
了